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みた、こと。きいた、こと。

あとで、かく。ここは分館。記事一覧は「右メニュー」から。

オンライン観戦版配布の可能性

今回はVitaとはあまり深くは関係ない話。浅くは関係するけど。

で、冒頭として。

対応予定なだけで、具体的な内容はまだ発表されていないけれども、個人的には「ニコニコ動画」のVita用アプリ「ニコニコ」の動画投稿と生放送配信の機能には関心を持っていたりする。自分が配信したい訳ではないけど。

特にソースを用意する話ではないけど、ゲームが既に「見ること」を目的としたエンターテイメントとして受け入れられているという事実があり、そのニーズは日々拡大しているから、という感じがあるから。

事実とか言いつつ、ソースもなく言っているという点で、「まぁ、個人のブログだから」程度で根拠もなく妄想と思っていただいてOK。それを前提に話を進めていく。


で、妄想もココマデ行くと怖いぐらいだが、話のパートとしては、長くなるので以下の10項目に分けて書く。

  • そもそもの発端
  • ゲームの定義と認知度
  • 身近な先輩の子供の話
  • エンターテイメントとしてのゲーム
  • 姪っ子とゲームの距離感
  • プレイ動画と観戦動画
  • 俯瞰視点とライブカメラ
  • 体験動画か観戦動画か
  • 機能制限観戦版
  • まとめ

相変わらず長い。しかも話がそれまくりで読みにくい。

でもまぁ、自分の妄想垂れ流しで書いておきたい内容なので一気に書く。

推敲はしない。

そもそもの発端

この話をするにあたり、冒頭にも書いた通りに今後予定されているPS Vitaで出来ると期待されている動画投稿と生放送の配信の話が発端といえる。

先日のカメラ機能のバージョンアップにより、動画が撮影できるようになっており、PC経由ではあるものの、既にVitaで録画した動画を動画投稿サイトに配信している方もちらほらいる。

が、それより前にも発端とはいえないまでも、ここから先の話に至る個人的な思いがあって、それについても書いておく。

まず。自分はゲームが好きだし、ゲームは遊ぶのも見るのも好きである。

古くは、カセットテープなパソコンやファミコンの時代にまで遡り、誰かのゲームプレイを飽きることなく見続けるという事も好きだったりした。

そもそも、当時のゲームはファミコンには対戦物も少なからずあったが、最大2人だったし、友達と集まってやる時には別に二人に限らなかったし、パソコンにいたっては、二人で遊ぶものはまずなく、誰かが遊んでいるのを後ろで見ているだけでも楽しかった。

そんな子供時代があったからかも知れないけど、今でもゲームの動画投稿、プレイ動画というのは結構好きでまとまった時間があったりすると探して見ていたりする。

さすがに生放送は、自分の時間が合わないこともあって見てないけど、特にモンハンは人のプレイを見ることがとにかく参考になるので、たぶんゲームのプレイ時間と比例して、かなりの時間を動画視聴に費やしていたりする。何度も見たりするし。

もちろん、ゲーム会社にしてみれば、ゲームの内容が(隣や後ろで友達のプレイを見ているのとは違い)ネットで公開されてしまうリスクがあり、あまり推奨できる話ではないという事も理解している。

社会的な事情も含めて「ゲーム会社は全面的に動画投稿を認めるべき!」とか言うつもりもない。問題は山積みだと思っているし、むしろ結構気にしている問題でもある。

なので、PlayStation Vita に外部出力の端子がなかったことに至極当然だよねとガッカリしたものの、いざフタを開けてみれば「スクリーンショット」機能が最初から付いていたことに驚愕し、将来的には「動画投稿」が計画されているという事に歓喜したものであった。さらに、ゲーム側でその機能の制限が出来るというのにも感心した。

そういう、自分の思いがあって、この話を書いているワケである。

ゲームの定義と認知度

一口に。「ゲーム」「ゲーム」というと、昨今では無意識に「コンピュータやゲーム機、スマホとかで遊ぶデジタルなゲーム」がいわば常識的な定義になりつつある。それだけ、市場と認知度が高まってきたと言えよう。

だが、私の子供時代まで遡ると、当然それらは今ほどに認知度もなかった。しかし、その時代でも「ゲーム」という言葉は普通に存在していた。

その時のゲームは、「プロ野球」だったり「テニス」だったり。主にスポーツの世界をさしていた。

そもそも「ゲーム」とは、「一定のルールに従い勝敗などを決める為の環境と活動」であり、別にコンピュータにもスポーツにも限っていない。実際、トランプやマージャンなんかもゲームではあるし、その認知も当然ある。

そこに、いつしかコンピュータでやる遊びが「ゲーム」として入ってくるようになり、その普及に伴って認知が広がり、今では「とりあえずゲームっていったらコンピュータのだよね」ぐらいになってきていると感じている。「ゲームばっかりで遊んでるんじゃありません!」といえば、ゲーム機になってしまったし。

そのぐらい。それぐらい、ゲームは現代人の生活、文化の中に染み付いていて、個人的にはあまり好きではない言葉である「勝ち組/負け組」なんて言葉もゲームの観点、文化から出てきているんだろうな?と考えている。

以降、説明としてはかなり広範囲にするが、「ゲーム」といったら「パソコンまたはゲーム機を利用したコンピュータでやるゲーム」を意味していると読んで欲しい。他の遊びについては、それぞれの名前を使うことにするので。

身近な先輩の子供の話

話が突然飛ぶようだが、先日の残業の時に会社の先輩と一緒に帰った。電車の中で話をしていた時に、先輩が「子供がさ・・・」と話しかけてきたのだ。先輩には小学生の子供が2人いる。なんだろうと思うと、ゲームの話だった。

「いやさ、なんか最近オレよりゲームに詳しいんだよね。しかも、昔のゲームとか。お前ら、それやったことねーだろ!って思うんだけど、シリーズ物とかの内容に詳しかったりするんだよね」

と。なるほど。最近は確かにシリーズ物のリメイクやらナンバリングの新タイトルだったりで、昔の情報を知っている方がよかったり、雑誌なんかでもそういう説明がされていたりするから詳しくなるのかな?と思ったが、話を聞いてみると、ちょっと事情が違った。

「なんかYoutubeとかでゲームの動画を結構見てるんだよね。ゲーム自体はあんまり買ってやれてないんだけど、持ってないゲームも学校で話題だったりすると探して結構見て知ってるんだよね」

なるほど。確かに、パソコンさえ使える環境と僅かでも時間があるなら、動画投稿サイトで気になるゲームの情報を見たり、調べたりすることは今や普通なんだろう。自分に照らし合わせてもそうだし。子供にゲームそのものは与えていなくても、ゲームを見て体感することは出来ているという事だ。

そういえば、今でも「犯人はヤス」とか「最弱の主人公=スペランカー」とかいうネタは結構良く見かけたりするけど、実際にプレイしたことがある人はかなり少ないだろうと思う。

ほぼ、都市伝説的な形で生き残っているこれらのネタは、それ自体が「おもしろい」というお約束に従って今なお生き残っているだけだろうが、それでも先輩の言う通り、昔に比べて「見る機会」は明らかに増えていて、詳しいのかも知れない。

エンターテイメントとしてのゲーム

いや、少し考えを変えると、そもそも「ゲームを見る」と言う行為は、どれだけ普通なんだろうか。

一旦、「ゲーム」から「プレイ」という視点で広く見回してみる。

野球やサッカー、テニスやゴルフなどなどなど。全てのスポーツは、「スポーツ観戦」という形で「誰かのプレイを見る」というのは、比較的普通のことである。その為のツアーが組まれることもあるし、プロの選手にはあこがれも含めて、見に行く価値は確かにあると思うし。

では、プロではない人のプレイはどうなんだろう。観戦ニーズはあるんだろうか。

ある。

プレイの内容そのものではないかもしれないが、プレイする人に依存する形では十分にある。

具体的には「フレンドパーク」や「VS嵐」や「筋肉番付」など、芸能人が主体ではあるものの、番組として一定の視聴率がとれ、継続性がある程度にはニーズはあり、人のプレイを見ることにある種の感動を受けていることは間違いない。

「ゲームは遊ぶことがエンターテイメント」

でもあるのと同じか、それ以上に、

「ゲームは見ることもエンターテイメント」

であると言える。遊ぶことだけが全てではない。むしろ、自分が遊ばないことが重要だったりするのかも知れない。

姪っ子とゲームの距離感

盆暮れ正月。実家に帰ると、姪っ子達と会う機会があったりする。まだ小学生の。

姪っ子達がやたらと小さかった頃から、姪っ子の目の前でゲーム機で遊び、パソコンを使って遊んでいた私を見ていたからか、姪っ子達からは「ゲームおじさん」と思われている。直接そう呼ばれたことはないけど、前に電話がかかってきた時に「ゲーム持ってきてね」と言われたことはある。まぁ、かわいいよね。

ま、それはともかく。

姪っ子の2人のうち、お姉ちゃんの方は人見知りもするし、結構恥ずかしがり屋だが、今説明する中では一番のポイントとして「負けず嫌い」がある。これは、昔からだった。

本人はそれを隠しているつもりみたいだが、ものすごい負けず嫌いだという事は大人からすれば直ぐに判る。

で、具体的に言うと

「何かの新しい遊びを始めるときは、最初は絶対に輪に入ってこない」

のだ。

これを、本人は「人見知りするタイプだから」という感じにお澄まししながらやっているが、実際は「負けず嫌い」だからであり、自分が勝てそうな遊びか、勝てなさそうな遊びかどうかを見極めているのだ。

なので、最初は人のプレイをしっかり見ている。無論、勝てそうな遊びだと判ってくれば、何回かプレイしている内に入ってくるし、無理そうだとわかると最後まで入ってこない。それでも、よほど興味が無い場合を除いて、結構見ていたりする。

ゲームって、自分がプレイするとは限らなくても、見る意味や価値は存在していたりする。

ゲームメーカーは、ゲームを買ってもらう必要があり、見ているだけの人は正直お断りなところはある。実際、私が子供の頃は、自分がプレイしないのにパチンコ屋さんに入っていすに座ってみていることは許容されていたけれども、今ではプレイしない人は入店お断りであり、唯一認められるのは「カップルシート」(ペアシート)だけだろう。

少し話がそれたが、「ゲームを見るだけの人がいて、それを楽しんでいる人がいるんだから、ゲームメーカー側にもなんかメリットが生まれるといいのにね」と言う思いがあったりする。

なお、どうでもいいが、「カップルシート」が広まっている主な理由は、「長時間居てくれるから」だと聞いている。一人だと、割と出ないと直ぐに帰ってしまうが、カップルだと帰りにくい状況になり、結果的に長時間いることになるからだとかなんだとか。まぁ、使ったことないから知らないけどね!

プレイ動画と観戦動画

私が子供の頃と違い、TVも番組の内容が様変わりしてきて、TV番組としてゲームの特集やコーナーがあったりするし、そこでゲームのプレイ画面を見せたりしていることも結構ある。特に新作の発表の時とか、人気のシリーズのゲームとか。

だが、ここで一つの疑問がある。

「みんなが見たいのはゲームのプレイ画面なのか?」

だ。

もちろん、新しいゲーム、新作ゲームを買おうとしている人であれば、それがどんな画面でプレイできるのかはとても興味があるし、その情報はかなり重要である。

だが、ゲームをプレイしない人にとっては、プレイ画面は「画面がゴチャゴチャしてて見づらい」という側面もあったりする。どちらがいいんだろうか。

プレイ動画
実際にゲームをプレイしている人の視点、画面そのまま。ゲーム中のパラメータなどもそのまま見れる。プレイヤーの臨場感を体験したりするのに向いている。だけど、主観的な見え方になる為、全体が見渡せないと言う問題がある。
観戦動画
実際にゲームをプレイしている人とは別の視点。プレイを観戦している人の視点であり、主観的ではない見え方になる。全体が見渡せたりすることも出来る。ただし、プレイヤーの臨場感は得られない。

言葉の定義として、実際のプレイヤーがゲームを遊んでいる画面を「プレイ動画」、それ以外を「観戦動画」としてみた。プレイ動画が見たい層というのはもちろん結構居るが、もしかしたら「観戦動画」でいいという人も、結構居るんじゃないの?と、考えてみた。

俯瞰視点とライブカメラ

プロ野球の球場や、サッカー場での観戦は、もちろんプレイヤーの視点では見れないが、その場の臨場感を味わうと言う意味で、今でも人気が高いエンターテイメントである。

では、将棋や囲碁、チェス、マージャンなどの観戦はエンターテイメント性はないのか?というと、もちろんそんな事はない。専用のTVチャンネルもあるし、一日中講座を流しているワケではない。むしろ対戦などを譜面を良く見れる形で観戦できるケースが結構多い。プレイヤーの視点とは明らかに違う俯瞰的な視点だ。

俯瞰と言う意味では、スポーツの観戦も同じと言える。例外的に「F1などのレース」はエリアが広すぎて全体が見渡せないという問題があるものの、そこは持ち込みTVなどでリアルタイムに情報を見るという、最近ではハイテク化が進んでいて、より俯瞰視点でみる楽しみも増えている。

そう。観戦は俯瞰視点なのだ。

では、ゲームの世界の俯瞰視点ってなんだろう?と、思う。

ゲームセンターには対戦型のゲームは結構ある。ここ数年は規模も若干縮小しているとはいえ、むしろ筐体やゲームの内容自体は大型化してきていて、同時対戦数も4~8名ぐらいは当たり前で、数十名というのも珍しくなくなった。

となると、ここのプレイヤーの「プレイ動画」にはあまり意味がなくなってくる。同時に数十人の画面を見ることに、視聴者側の意味は薄れてくる。もちろん、熟練プレイヤーのプレイ動画であればそれはそれで価値があるかも知れないが、おもしろいのはここだ。俯瞰視点画面が最初から用意されていたりする。

これは、対戦待ちをしている人を飽きさせないための工夫でもあるが、「対戦中の様子を戦況報告的に俯瞰視点で放送」される形になっている。もちろん、対戦しているプレイヤーの操作には何の影響もなく、その画面を見られているワケではなく、あくまでも第三者的に俯瞰視点で放送されるのだ。

そして、これが結構おもしろかったり、勉強になったりする。


また、少し古い話をすれば、ファイナルファンタジーがオンラインゲームになった時に、仮想世界の街の様子をライブカメラで見れたりした。カメラ自体の操作は出来ず、ランダムに表示されるだけだったが、仮想世界とはいえ「今現在のリアルタイムの様子」が見られるという事に、当時非常に感動したものだった。

また、海外製のレースゲームなどは、自分がゲームしていないときは、現在オンライン対戦中のプレイ内容をリアルタイムに表示し、決まりきった録画ムービーではないライブ感を演出して飽きさせない工夫をしていたりする。

こういうの、もっと進んでもいいんじゃないの?

と、思う。

体験動画と観戦動画

今、比較的積極的に行なわれている「動画投稿」や「生放送」は、いわゆるプレイ動画であり、「体験動画」と呼ぶことが出来るかもしれない。

プレイヤー、遊んでいる人の体験を共有する為の動画と言えるだろう。だから、視聴者側は同じ画面を共有している状態。

だが、オンラインが進んだ今。俯瞰視点や第三者、観戦者の視点で参加するという配信方法もあるのではなかろうか。

より具体的に言えば、例えばモンハン。いや、あえて狩りゲーと呼ぶ。

狩りゲーのプレイ動画、大型モンスターをスーパープレイで倒していく様を見ることは、プレイ動画としても非常に迫力があっておもしろいが、マルチプレイ、2人や4人で対戦している様子を見るには、情報が足りない。というか、1プレイヤーの視点だけなので、楽しみが一方向で物足りない。他の視点も見たくなる。

もし、

  • 自分が透明人間でモンスターと戦うことは出来ないけど、そのエリアに一緒に居て間近に見ることが出来る
  • いっそのこと操作は出来ないけどモンスターの視点で他のプレイヤーを見ることが出来る
  • 俯瞰視点でプレイヤーが同時に吹っ飛ばされるのを眺めてみたい
  • モンスターの動きを別の方向から観察してみたい

だとかいうことが出来れば、今のプレイ画面ではなく、観戦動画として楽しむことが出来るのであれば、投稿された動画よりも迫力ある実機で見れる、リアルタイムに見れるというニーズが出てくるんじゃないかと思う。

一方的な配信になるので、他のプレイヤーからのデータは受け取るが、実際にプレイ中のゲームへのデータ同期はほとんど必要なく、ゲームバランスが崩れるわけではないから特に2人、4人と制限されることもないだろうし。(当然、オンラインとしての接続上限は仕様として別に決めるとして)

そう、オンラインだからこそ出来る新たな楽しみ方として、動画投稿ではない観戦動画というインタラクティブな楽しみ方が出来るのではないだろうか。

機能制限観戦版

昨今、体験版を配信するゲーム会社も増えた。配信の方法はいろいろあるとしても、体験版の配信は事前に購入者にゲームの魅力を体験してもらうという意味で、昨今ではかなり重要な位置を占めている。

にも関わらず、体験版が配信されたからと言って売り上げが伸びると言うわけではない。

むしろ、体験版とくらべて1/10や1/100という製品版の売り上げなんてこともある。かたや無料、かたや有料の違いで体験版の方が数が出るのは常ではあるものの、結局体験版は体験版であり、それをワザワザ作る苦労は結構なものなんじゃないかと思う。面倒と言う意味で。

また、Vitaの場合は「LiveArewをつかったバージョンアップの適時配布と適用が出来ることから、機能追加なども含めて製品版の内容が変わってくることが考えられる。こうなると、体験版のアップデートも合わせて行なう事は難しいことが想定でき、体験版に関しては古いままで不具合や問題を解決した製品版のみ更新って事も考えられる。

そうなると、せっかく改良、機能追加したのに体験版はその部分をアピールすることが難しくなるかもしれない。

いっそのこと、体験版という考え方をなくしてはどうか。

特に、オンラインに対応したゲームや、機能追加を予定しているようなゲームに限っては。

そして、機能制限された「観戦版」という配布や販売の形態は出来ないだろうか。

という話。

追記(2/14)
つい先日発売されたアーマードコアVは、オンライン対戦時に「オペレータ」として参加することが出来るそうだ。機能制限ではないが、これも一つの参加の仕方であり、そのデザインはとても興味深い。

まとめ

ゲームのプレイそのものを体験させることも大事ではあるものの、結局機能が制限されている体験版だと、消化不良でむしろ不満を感じてしまうものも少なくない。

手軽に遊べる体験版は良い点があるものの、おもしろいと感じる前に終わってしまうことも多く、期待感以上にガッカリ感が生まれてしまうケースもあって、難しいなぁというのが本音。

とはいえ、体験版だけで満足させてしまうと、製品版の購買意欲が薄れてしまう可能性もあり、ボリュームを増やせないという問題もある。ゲームの内容にもよるし、結構なジレンマがそこにはある。

だが、一つの意見として。

ゲームの楽しみを伝えるのに、一番のアピールは「実際に遊んでいる人の世界を体験すること」である。メーカーがどんなに楽しさを伝えたところで、それは単なるセールストーク。実際に遊んでいる人の生の声には敵わない。

プレイ動画が人気があるのには、「自分では買えないけど体験してみたい」「自分ではそんなプレイは出来ない憧れ」などの背景があるとは思うものの、「実際にプレイしている画面を見ることで、購買意欲を刺激される」という側面も結構な要素としてあると思う。

そして、その魅力を伝える方法の一つとして、「観戦版」があってもおもしろいかもな?と思った。

今、誰かがプレイしているそのものを、リアルタイムに第三者として見れる臨場感は、もしかすると生放送よりも迫力があり、人気が出るんじゃないだろうか。当然、オンライン対応ゲームが前提にはなるものの、プレイヤー間ではなく、視聴者を繋ぐことで今までにない広がり、コミュニティーが生まれる気がする。

たぶん、それは、体験版よりも視聴者が求めるものになるだろう。

観戦版の課金の方法は単に無料配布にした上で、オンライン接続は一部有料にすればいい。無料で見れるエリアを用意するか、無料で見れる一日辺りの回数やプライオリティーをオンライン側で制限すればいい。

製品版にアップグレードした人は、その機能の制限解除になるだろうし、オンラインであればもともと利用料金の課金があるかもしれないし。

まとまってないけど、まとめとして。