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みた、こと。きいた、こと。

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ゲームの価値は

COLUMN

なんか、どうでもいい系の話。かなり独り言。

内容としては唐突だしね。ま、いいや。そんな感じの出だしで、タイトルのこと。「ゲームの価値ってなんだろう?」って話。

いや、話の流れ的には「ゲーマーにとってのゲームの価値」というべきか。

ゲームの種類やジャンルによって、価値観はまず変わってくると・・・思う。

PS重視

基本的にセーブが出来ないシューティングゲームやパズルゲーム、対戦格闘ゲームなどの場合、オプションやハイスコア、キャラコスチュームなどのセーブ機能はあるとしても、ベースとなるゲームシステムの部分でゲームの内容が変わらないものについては、「PS重視」と言える。

  • PS:プレイヤースキル

ゲームを遊ぶ本人のスキル。磨かれた腕。もちろん、ゲームによりその磨かれるスキルは異なる為、それら全てのゲームで共通となるワケではないが、ゲームジャンルが同じ場合、似たような操作になることも少なくないため、PSが高ければそれだけ有利になる。

ゲーマーにとっての価値としてはとても重要度が高い。場合によってはPSが高い人は、ゲームタイトルに関わらず、プレイレベルが高くなる事も多くなる為、タイトルの価値は下がる。つまり、

PS重視時のゲームの価値観
PS>タイトル>(セーブデータ)

となる。セーブデータは、コレクターズとしての価値はあるが、重要なのはスキルを発揮できるタイトルの方だろう。

レベル重視

RPGやシミュレーションなどのゲームの場合。長期間遊ぶことが前提となる為、ゲームの進行状況をセーブすることが出来る。PSが高ければ、短時間クリアなどが出来ることもあるが、逆に長時間でレベルを上げればPSが低い人でもクリアできるというケースも少なくない。

また、昨今ではDLCなどのファンコンテンツも充実が図られており、ゲーム進行状況で得られるイベントやアイテムなどのルートが複数あるなど、ゲーム自体を楽しむことが目的になっていることも多い。

この場合は、

レベル重視
タイトル=セーブデータ>PS

となる。イコールというより、意識として「タイトルとセーブデータの区別は特にない」といった方がシックリするかもしれない。

無論、長時間遊ぶと言う意味においてセーブデータの方が重要度が高い部分もあるが、そのセーブデータ自体はタイトルと直結することが多く、タイトルを超えて引継ぎが出来ることも少ないし、そもそもゲーム自体を何度も最初から(ルートが複数あるなどにより)やることも多い為、セーブデータ自体の価値が高くなりすぎるという事もないと言える。

「いや、それ。何度もやるならやりこみって言わない?」

それをやりこみという場合もある。だが、今回の説明としては、セーブデータを分けるのであれば、やりこみとは呼ばないことにする。例えば、兄弟で別々にセーブデータを作っているのなら、やはりそれぞれだ。合わせてやりこみとは言わないことにする。

そう。そして、次に出てくるのはその、「やりこみ」だ。

やりこみ重視

どんなゲームでも。最近のゲームでは「やりこみ要素」を入れているケースは多い。

シューティングゲームでも「ハイスコアランキング」や「クリア条件による裏ステージ開放」があったり、自機の使用やオプションが増えていたり。対戦格闘もキャラが増えたり、コスチュームが増えたり、ステージが増えたりし、レースゲーム、RPG、シミュレーション。様々なゲームにおいて、「やりこみ要素」というのはかなり重要度が高い。

ゲームにもよるが、やり込みをすればするほど、ゲームの進行が楽になるなどPSとは違う側面が出てくるもの(武器が強くなる、速い車が出てくるなど)もある為、コレクターズ意識も働いて、とことんハマる人も多い。

そもそも、ゲーマーをよく「ライト層」と「ヘビー層」なんて分け方をすることがあるが、前段の「レベル重視」はいわば「ライト層」によくある価値観となる。一方、「ヘビー層」は、「PS重視」や「やりこみ重視」になる。

この層については、もう価値観はかなり変わる。

やりこみ重視
セーブデータ>PS>(シリーズ)>タイトル

PSが足りなくても、やりこみでカバーできるワケで、どれだけやりこんだかが重要要素。やりこむことでPSが上がり易いという側面もある。

無論、タイトルも関係するとはいえ、個別のタイトルというよりも「シリーズ」としてみる傾向が強く、データの引継ぎやUIの継承などに価値観を見出す。自分が育ててきたデータという意識。

大事なのはデータだ。

まとめ

いわゆるコンピュータゲームは、登場から既に30年以上経っている。

家庭用ゲーム機の代名詞、「ファミコン」は、発売が1983年で今年は29年目。パソコンでのゲームについてはさらに前に遡る。その頃から比べたら、ゲームの種類も数も増え、ゲームの認知度は上がり、ゲーマーも全体数としては増えた。

極論を言うと、「セーブデータはゲーマーの命」である。

いや、極論とも言い切れない。

人生の限られた時間を、場合によっては衣食、睡眠を削って、命を削ってまでゲームに没頭する人もいるし、その結晶であるセーブデータはまさに「ゲーマーの命」である。これは、譲れない。

そんなことに時間をかけるのはバカなんじゃないの?という意見の人がいることを承知した上で、それは価値観の違いなんだからほっといてくれ!というほどの熱い思いで、ゲーマーはゲームで遊び、楽しんでいる。やっぱり「セーブデータは命」だと思う。

昨今、やりこみ要素はゲームの楽しみとしてあるのが普通になってきている。ゲームタイトルの評価にも「やりこみが多い少ない」はよく上がってくるし、それで満足度も変わってくる。

となると、今のゲームは「セーブデータの意識的な価値が高い」と言えると思う。

これは、今後ゲームを語る上で重要なポイントだと思っている。